2026/07/05 13:04

如何にも梅雨な毎日が続いていますね。ただでさえ陰鬱な気分がマシマシ(この言葉嫌い)です。少しでも憂さを晴らす為にできる事があるなら何でもしたい…そんな気分。効果はさて置き。


最近は政治だけでは無く、市民社会の側でもファシズムを指し示す現象が顕在化し始めており頭を抱えます。直近だと兵庫県知事への抗議行動に参加したプロ歌手柴田淳さんが、所属レコード会社から逆に抗議され晒されると言う訳の分からない事が起きています。海外では大統領に対する抗議にミュージシャンが参加するなんて珍しくなく、それにレコード会社が抗議するなんてあり得ないんですが。(もちろんレコード会社ビクターに意見送付済み)


でもまあ日本の音楽業界…に限らず音楽で作られるコミュニティにはファシズムを駆動させる力がある、というのが自分の立場なのでそんな不思議でも無いです。ようやく、内包していたファシズムを解放できる時が来たのだろう、くらいにも思えます。


さて今回も本の紹介です。


〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす 正義の反対は別の正義か

朱喜哲 著


自分が政治状況に声を上げ始めた頃、知り合いミュージシャンから「正義は人それぞれだよ」と言われて考えさせられました。それも1人では無かったので、その度に不可解に頭がグルグルしました。一つは"そうなのか?"という主張自体への疑問。もう一つは"確かに俺もそう思っていたな"という自分自身に対する疑問でした。


そんな疑問のヒントになるかなと読んだ本です。とても勉強になりました。歴史上、「正義」はこれまでも危機に陥った概念ではあるものの、様々な思想家や社会の実践によって未だ保たれている概念と理解できます。


なかでも「正義論」のジョン・ロールズの「公正としての正義」に関する話は今こそ必要な議論だなと思いました。結構難しいんですが、正義とは、社会的に公正な状態における「みんな」で合意する正しさである、という事だと思います。


つまり、「正義」とは個人個人が持つ「善いこと」とは区別される概念です。人それぞれなのは正にその「善」という価値観な訳です。この本にも「相対主義」という言葉が登場しますが、正義を善と取り換え、相対化していたのが自分だったなと理解しました。


また、「道徳」との比較が解説されている項も興味深かったです。日本では「道徳」の授業もあり、正義という概念が内心の問題に絡め取られる傾向があります。自分も、そう言ったある意味で上からの押し付けの様に正義を理解していたのかな、と思いました。それが一種の反発、或いは恐怖に繋がっていた、と今は思います。


自分の関心事と絡めた感想としては、その正義の相対化と正義への反発(恐怖)は、「皆で取り組む命がけの挑戦(byロールズ)」である社会に対する攻撃にもなり得る過激な思想なのでは無いかと思いました。その思想を無自覚に共有、拡散しているのが音楽カルチャー含む本邦のサブカルなのではないかと私は疑っています。


話を本に戻すと、ロールズの他にも様々な思想家の正義、自由、などに関する主張が解説されておりとても刺激的な本です。リチャード・ローティが公私を例えた「私的クラブとバザール」の話も非常に面白かった。良かったら読んでみてください。


次回も本の紹介にします。CD発売中。