2026/03/15 09:20
とうとう、と言うべきか案の定と言うべきか、トランプが日本に参戦を要求してきました。19日に高市が渡米すれば、それを飲む可能性はかなり高いと思います。ですが日本には9条がある為に断われる筈で、それをさせるのは国民の私達です。できる事をしましょう。
でも、貴方の尊敬する先輩ミュージシャンは、まるで「普通」の顔をして何もしないでしょう。SNSでも楽しい日常の演出しかしないと思います。数ある未来の一つとして、貴方が戦場に行くその日に見る先輩の投稿は、今日見ているものと同じ楽しい日常だと思います。下手すれば自分の子どもが徴兵される日も、「普通の日常」を装うと思います。
ハッキリ言いますがそれは普通の状態ではありません。ですので、先輩は放っておいて貴方自身が自主的に、主体的にこの現実…暴走する政治と戦うしかない、という事は書き記しておきたいと思います。
さて、前回からの続きを。この考察は、そのまま上記と繋がっています。なぜ、私達(特に私や私の上世代。音楽カルチャーで「先輩」である事の多い世代)は普通の状態では無くなったのか。そこを読み解く試みでもあります。今回からは
この「正義も悪もない」「クソみたいな社会」で、「右も左も関係なく」「好きな事だけやって」「みんな」で「生き延びよう」
この音楽カルチャーの価値観を表す文章を解体していきます。最初は物語の舞台である「正義も悪もない」「クソみたいな社会」から観察してみましょう。
まず疑問視してみましょう。この社会には「正義も悪もない」のでしょうか?いや文章をよく見るとおかしな部分に気づきます。「正義」の対義語として置かれている概念は「悪」ですが、「悪」の対義語は「善」の筈です。「善も悪もない」が本来なら正確でしょう。確かに、善や悪は時代や人によって移ろい行く価値観です。では「正義」とは何でしょうか。それは「正義論」で有名なジョン・ロールズなどを引用した幾つかの著作を読むと分かります。
即ち、正義とは「公正」です。この社会が社会として保たれる為に必要な概念です。平等、でも良い。フェアである事、とも言えます。この概念がないとそもそも裁判なんかもできませんよね。裁判官が「人それぞれ」の「善」で判決を出していたら世の中めちゃくちゃになってしまいます。
「正義も悪もない」は、その正義を無いものとして扱っている為、現実社会とは乖離しています。つまりこの物語はそもそもが虚構の舞台において成立しています。まずはここを認識する事が重要だと思います。因みに、似た言葉で「正義は人それぞれ」もありますが、これも上記の理屈から否定されます。公正は公正であり、人それぞれではあり得ません。この言葉は正義を相対化し、やはり無いものとして扱っています。
そして公正を取り持つ為に用いられるのが「人権」です。ただでさえ学校教育で満足に教えられない上に、「正義も悪もない」社会、という音楽カルチャー(だけでは無いですよね。サブカル全般)の物語に参加する事で「人権」という概念に出会う可能性は更に低くなります。
これは自身や他人の人権侵害に気付きにくくなる結果を生んでいると思います。ここに、音楽カルチャー、ひいては日本社会全体として差別や戦争、その他社会問題に対し「怒る」などの反応が鈍くなる原因があると思います。自分でも間違いなくそうでした。
次回は「クソみたいな社会」に迫ります。因みに、これらの考察で参照した本などはタイミングを見て紹介していきたいと思っています。
CD発売中です。