2026/03/01 08:58

イスラエルとトランプがイランへの攻撃を開始しました。戦争です。そして国際法違反の先制攻撃です。児童が80人殺されたそうです。私は戦争とイスラエルとトランプを許さない。明確に反対の意思を表明します。


この戦争への参加をアメリカから要求された時、高市が断る事は想像できません。何らかの形で協力するでしょうし、更には9条改憲もアメリカの期待に沿う形で進められるでしょう。武力での協力の為に。その場合、日本の自衛官は圧倒的に人数不足ですが、高市や自民党の極右が徴兵だけは断る…なんて考えられますか?まず有り得ないと思います。日本で暮らす私達の正念場が来ています。


さてミュージシャンとファシズムの考察を続けます。前回は、音楽カルチャー周辺の言語は新自由主義に影響を受けて形成されているのでは、と言う問題提起でした。


補足ですが、日本の場合は特に「ロールアウト新自由主義」と分類されます。これはロールバック新自由主義と呼ばれる、国家が強力に福祉や社会保障から「撤退」するタイプの新自由主義とは区別されます。ロールアウト新自由主義は、国家が様々な領域に多少の介入をする事で「自主的に」新自由主義化を進める統治方法だそうです。この場合、社会の様々な領域でまだら状に新自由主義が伸展します。


実はこここそが自分の注目点です。つまり、この社会には新自由主義が先行して伸展する領域とそうで無い、抗っている領域があるだろうという事が考えられます。音楽カルチャーの領域がファシズムの駆動に率先して(無自覚に)関わっているのでは、という問題意識が自分の中で生まれたキッカケにもなっています。


遠回りしてしまいましたが、では音楽カルチャー周辺で使われる言語にはどんなものが挙げられるでしょうか?それはその共同体で共有される価値観を表している筈です。残念ながら専門家でも無い自分に統計を取る時間も方法もありません。ですので、これは自分の経験から導きだしたものでしか無いのですが、ここでは簡単に一文にしてみます。即ち、


この「正義も悪もない」、「クソみたいな社会」で、「自分が好きな事だけ」やって、「右も左も関係なく」、(音楽を愛する)「みんなで」一緒に「生き延びよう!」


…みたいな所では無いでしょうか。特に音楽カルチャーに触れている人であれば、一つくらいは聞いた事がある文章ではと思います。もちろん他にも数えきれないほどあるのですが、それらもこの不思議な価値観に由来していると考えます。


次回は何故、この言語の連なりに表現される価値観を私が不思議に考えるか掘り下げようと思います。その過程で、新自由主義と共に現代のファシズムに関連づけられる、ポストモダン思想に出会う事になると予想しています。


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