2026/02/22 07:44

自民党が異常な圧勝をしてからというもの、非常に不穏なニュースばかりです。9条改憲、スパイ防止法、国民会議(という名の翼賛機関)の設置、国家情報局の開設、殺傷武器輸出の解禁、外国料理店の排除などなど。


国会、特に今回選挙のあった衆議院はほぼ自民党とその衛星政党に占められているのでやりたい事は殆どできるでしょう。それも全て日本人が選んだ事です。今まで自民党を抑えていた優秀な野党議員を軒並み落として、カルトと裏金議員を復活させたのは日本人なので。まさに自己責任です。

可哀想なのは選挙権の無い子ども達です。しかし、親でさえ政治に興味が無い人が殆どなので、もうどうしようも無い。ファシズムを認識している市民の力だけが頼りの状況です。


さて、今回も前回同様に音楽とファシズムを考察していこうと思います。


最近、ごく一部の有名ミュージシャンが社会的なアルバムを出していると話題になりました。これ自体が異様な事です。海外ではトップミュージシャンから市井のミュージシャン、更にはカルチャー界のセレブと言えるような人まで社会的、政治的な発言など普通にします。もっと言えば、自分が若い頃はサザンだろうがミスチルだろうが社会的な音楽を鳴らしていました。


この数十年間の間に、日本社会と音楽カルチャーに何が起こったのでしょうか。私はそこに音楽カルチャーの周辺で共有されている言語空間の影響を見ます。先に答えを言っておくと、その言語空間とは新自由主義的な価値観に影響受けた言語空間です。


日本では80年代の中曽根政権から、新自由主義的な政策が始まったと言われています。そして00年代の小泉政権で社会に定着したと言えるでしょう。ちょうど今日本のカルチャーを支える人々の青春時代に当たるのでは無いでしょうか。


因みに新自由主義とはこれだ!というコンセンサスを提示するのは難しいですが、政治の領域で言うなら概ね小さな政府を目指すベクトルです。国の行う福祉や社会保障を削減し、民間に移譲する様な。又、企業に課せられた制約(それは公正を担保する為のものでした)を減らし、より「自由」な経済活動を推し進めるベクトルです。自民党、ですね正に。


この新自由主義の波に、否応が無しに巻き込まれた世代が今の40代から60代くらいであり、現在の日本の音楽カルチャーの価値観を規定する支配的な層に当たると考えます。氷河期世代、ロストジェネレーションと呼ばれる世代とも被りますね。


民衆を市場に放り込み、自己責任で生きる事を推進する新自由主義の苛烈な波の中、日本の音楽カルチャーに関わる人は「生き残る為」に音楽を消費し、価値観を形成していきました。それは言語の形で今も社会に定着しています。次回からは具体的にその言語で作られた価値観を概観していきます。


CD発売中です。