2026/01/18 09:12
驚きましたね。立憲と公明の新党結成。中道改革連合…でしたっけ?何年も前のフランスのマクロンの真似でしょうか。古いと思います。結果、フランスではどうなったか。極右が台頭し、またマクロン政権自体が超暴力的に市民を弾圧する様になった。今の世界で中道、の果たす役割は危険です。とにかく又選挙頑張ろう。
さて、前回からの続きを始めます。憲法を学び始め、自民の憲法草案を読み、その不気味さに戦慄しながら暮らしていました。なぜ市民の人権をここまで敵視するのか?と。そんな時、山上による安倍晋三銃撃事件が起こります。
その頃は参議院選挙中でした。昼飯を終え一服しているとスマホの画面に「銃声の様な音」みたいな、一言だけのニュースが流れてきました。どうも安倍が撃たれた様です。ビビりました流石に。今何が起きてて、これから何が起きるんだ?と震えました。知らないネトウヨや、知ってるミュージシャンのネトウヨもパニくっている様子です。もちろんネトウヨで無い人も皆只事でない事態に騒然となっていました。
まあサッと飛ばしますが、結局そこには統一協会と安倍や自民の長年に渡る癒着があった事が明るみにでます。これが一国家の元首相を素人が手製の銃で銃殺するという悲劇の原因だった訳です(当然ながらそれは許されない事です)。そしてその統一協会と自民の癒着を報道で知っていく内に暗澹たる気持ちを深めていく事になりました。
結論から言うと、私達の社会はもう長い事、極右カルト宗教団体と共鳴する政治の影響下にあった、と言う事です。これで何故、自民がこれほど人権を敵視するのか殆ど理解できました。「神」の必要な宗教と、「個人」の人権は基本的に相反します。だからこそ政教分離が必要な訳です。自民が天賦人権論など受け入れられないのも納得?です。
又、その統一協会は「反共」、反共産主義という強烈な思想を持っている事、その様な団体は日本に他にも存在し、統一協会以上に自民に影響を与えている事を知りました。日本会議や神社本庁ですが、それらの起源は大日本帝国の国家神道に遡ります。
全く、恐ろしく、呆れ、絶望感に苛まれました。この30年の社会に対する何か言葉にできない違和感が一つ一つ氷解していくと共に、自分自身がその社会の影響下にあった事に。それは自分の言動、行動、人生、そして音楽も又、その影響下にあったとも考えられます。社会や政治に目を向けないで、また「右や左」の思想と自分を結びつけず「中立」に過ごす事は、結局のところ国家権力である自民やカルトの極右思想を受け入れる事だったのです。
音楽をやる上で「自由」を最重要視してきた自分にとって耐えがたい事実でした。自身や自身のアートが「自由」である為には、政治に対峙する必要がある、という恐らくは国際的にフツーの感覚を40歳手前にして知った訳です。取り返しつかなすぎて涙チョチョ切れそうですが、とにかく声を上げていこうと思いました。
因みに、憲法改正など一言も選挙期間中に聞かれなかったその時の参議院選挙ですが、8時の投開票と正に同時にNHKは「憲法改正政党の議席が過半数を超えました」と嬉しそうに伝えていました。
CD発売中です。声を上げ路上に出始めた頃から製作を始めた作品で、以前の曲は歌詞を変更したりしてます。